UC EAST 個展「Mube」

12828291_10208668314566396_7323185241914991637_o

昨夜は、unionとcaliflowerで遊んでいた。今日は、UC EAST 個展「Mube」へ行ってきた。会場の20年前に操業を終えた工場は西成区松田町にある。その場所へ強い磁力で引き寄せられるように向かった。50年前近く、ぼくはその松田町の安アパートに住んでいたことがある。用がなければ行く場所じゃない。事実、50年近く松田町に用があることはなく、行くことはなかった。今日は個展という用があって行った。思っていた以上にぼくの感情はたかぶった。途中、会場を抜け出して、思い出をたどるように雨の松田町を歩いた。写真は西成区と阿倍野区の境にある急峻な階段の上から撮った風景。上の段差の阿倍野区から下の西成区を見下ろす独特の風景が大阪市内にあることを知る人は地元民以外はほとんどいないだろう。

この急峻な階段の記憶はあったが、住んでいたアパートは見つからなかった。個展でのライブペイントは体の冷えが激しくて途中で出て、隣町の飛田を歩いて抜けて御堂筋線の動物園前駅から帰った。雨の飛田はピンク色の明かりがまぶしい異様に華やだ街だった。飛田を出るといきなり極貧地帯に入る。ジャズ喫茶マントヒヒがあったのは飛田を抜けて右へ行くとすぐのところだった。反対の左へ行くと、やはり住んだことのある山王町の安アパートがあった。

歩きながら、ぼくはヒッチハイクの路上に立ち続けているようだ、と感じた。いつまで立ち続けるんだろう。長い長いロードムービーの途中みたいだ。ロードムービーを見ていると、押しつぶされるような悲しみに襲われることがある。ぼくは、自作自演のロードムービーをやっているのかもしれない。若いアーティストの活動を追いかけて、ぼくのロードムービーは続いている。

リーバイスのカタログ “WE ARE 501”

20160227-IMG_1562

リーバイスのカタログ “WE ARE 501” が届いた。写真のモデルさんたちの存在感がすごくておもわず見入った。サイトにも同じ写真が載っているが、印刷されたカタログの方が迫力ある。

《リーバイスの “WE ARE 501” ページ》

電話機故障で新しいのを購入

使っていた電話機(Pioneer TF-V53)が故障というか劣化(受話器のコードを挿入するソケットの劣化)で用をなさなくなったので、新しいのを購入。

  • Pioneer 留守番テレホン TF-V74
  • 4,660円(外税)
  • 2016/02/20 ビッグカメラで購入
  • 一緒に5mのテレホンコード購入(398円 / 外税)

電話機購入にあたってネットで下調べをした。シンプルで安価なものでいいと思ったが、2,000円台のものは、フレッツ光への対応が不安で、対応をはっきり明記している5,000円台のものを買うことにして、ビッグカメラへ行った。

売り場にはたくさんの電話機が並んでいたが、ほとんどは子機のある高価なものばかり。2,000円台は2機種だけ、5,000円台は購入したパイオニアのものだけだった。買って帰って、コードをつないだらすぐに使えた。設定は時間を合わせてだけ、ほかはデフォルトのままで使っている。

電話機不調でNTTに電話

電話機の通話の際、雑音が入ったり音量が極端に小さくなるを1、2週間繰り返していた。2016/02/19(金)にいよいよ通話が困難になったので、重い腰をあげてコードの点検をした。コードと電話機や接続機器の接続状態を確認したり、コードの抜き差しをした。さらには、接続機器の電源を落としたりもしたが変わりなかった。翌日の土曜日にNTTに電話して症状を伝えると、機器の電源を落としたり、一部機器の電源は入れるとか、コードをはずす、入れるなど指示通りの作業を行った。NTT側の配線に問題はないことが分かったので、不調は電話機らしいとなり、点検に家に来てくれることになった。

点検の人は電話機を持ってきて直接機器につないでテストをしたりして問題ないので、うちの電話機の不調というのがはっきりした。受話器の音声が不調で、電話機本体のスピーカーからの音声は問題ないので、受話器に絞って点検をしたら、すぐに受話器とコードをつなぐソケット部分の劣化だと分かった。この部分は結露などで不良になりやすいと言われたが、うちの場合は受話器を引っ張って使用することが多いので、そのせいだと思う。

でも、こっちの点検では最も単純で簡単なその部分が抜け落ちていたわけ。家電商品の修理に来てもらってコンセントが入っていなかったに近いことで赤面ものだった。すぐに電話機を買いに走った。

『FRaU 3月号』の山口智子の記事に感動

20160218-IMG_1438

近所のおいしいパン屋さんでバケットを買った帰り、スーパーにイワシがあったので久しぶりに、白ワインでイワシを煮込むグラナダ風料理が食べたくなって買う。そのスーパーの2階に上がり、料理に使う500円の白ワインを購入。酒売り場の隣の雑誌コーナーで『FRaU 3月号』を探して、昨日ネットで知った山口智子さんのインタビュー記事を立ち読み。字が細かくてしんどい。ペラペラと他のページをめくったらファッションや料理ページがすごくおしゃれだったので、これは買うべしとなった。

帰ってから山口さんの記事「1万字スペシャルインタビュー 山口智子 大人になってからが人生は楽しい」を夢中で読んでしまった。テレビを持ってないので女優山口智子をぼくは全く知らない。でも、鳥肌が立つほど感動。どこに感動って、たくさん共感できること多すぎ。そのうえ、ぼくが今までカミさんの他には口にしていない(できなかった)ことを有名な山口さんが雑誌でサラリと言っている。その潔さに感動したんだ。

私はずっと特殊な育ち方をしているので、血の結びつきを全く信用していない。私はずっと、「親」というものになりたくないと思って育ちました。私は、「子供のいる人生」とは違う人生を歩みたいなと。

この言葉にもけっこう共感しつつ感動したけど、以下の言葉にはもっと感動。

自分の夢を考えないようにして育った反動なのか、自分の好きだと思えることを、仕事として選び取っている人への憧れがありました。

山口さんの生家は旅館業で、彼女は旅館の女将になることを期待されて育ったという。ぼくの生家は敗戦で資産を失った小規模だけど、没落した商家で、商売はしていないのに商家のプライドだけは高かった。決して夢を持つな!と言われたわけじゃない。夢を持たないように「家」がぼくを育てたわけ。そんな家制度の重圧の中で、母は長男のぼくへの愛は溢れるほど持っていたはずなのに、それを表現できないままだった。ぼくもまたずっと、母を愛することを知らずに成長したんだ。

そのせいか、ぼくは十代のわりと早い頃から「家庭(子供)を持たない」を決めていた。もう言われることはないけど、「子供はまだか」の合唱はすごかった。「はげんでいるんですけどね・・・」とごまかしていたけど、本音は口にしたことがない。いや、できない空気に負けていた。山口智子さんのインタビュー記事を読んだから、これからは聞かれたら本音を言えると思う。

故郷への喪失感に語っている部分もすごい。

定められた道から逃れるように、故郷から飛び出したわけです。だから今も、故郷というものへの喪失感は強いですね。自分の帰る場所がどこなのか定まらないまま、何かをずっと探し続けているような・・・。(中略)本当の魂の故郷はどこなのだろうかと・・・。

共感に涙がにじむよ・・・。