少年は戦場へ旅立った / ゲイリー・ポールセン著

19世紀、アメリカの南北戦争の戦場を舞台にしたヤングアダルト小説。主人公の少年はミネソタ州の農家の若者で、年齢を偽ってまで義勇軍に入って南北戦争に赴く。すぐにイラクで戦っているアメリカの現状と重ね合わせてしまう。今日もCNNニュースでもイラク側民兵に連れ去られた3人のアメリカ兵の大掛かりな探索の映像を見たばかりだ。こうした小説が少年向けに書かれる背景が確かにあるのだから・・・と読み進めたが、事はそう単純ではなかった。

まず、南北戦争についての知識がリンカーン大統領ぐらいしかないので、多くを知る事ができた。しかし、内容は凄惨を極める戦場の場面がほとんどだ。映画『ダンス・ウイズ・ウルブス』の最初のシーンは、負傷した主人公の兵士が脚を切断されそうになり、逃げ出すものだった。脚の切断とは随分と重傷なのに、なぜ逃げ出せたんだろうと思った。本書を読めば分かる。戦場で腹を撃たれた負傷兵は、治療できないので、そのまま放置される。だいたい2日間ぐらい苦しんで死ぬそうだ。脚や腕を撃たれた負傷兵が見つかると(運良く医療班に発見されると)治療センターに運ばれ、そこでの治療はほとんどが、脚や腕の切断だそうだ。それで映画『ダンス・ウイズ・ウルブス』がよく理解できる。

15歳の少年が年齢を偽って参加した戦闘が描かれている。実在したチャーリー・ゴダードという実在した人物を元に書かれたという。戦闘シーンを描くことで、作者は単に戦争の悲惨さを訴えているわけではなさそうだ。また、イラク戦争などアメリカのテロリスト掃討活動を賛美しているのでもなさそうだ。戦場においては死亡するとか、負傷を負うとは別に、人間が壊れるということを伝えたいらしい。

そう、1995年の阪神・淡路大震災後にぼくも初めて知ることとなった、「心的外傷後ストレス障害(PTSD)」だ。アメリカではベトナム戦争で知られるようになった症状だ。しかし、これは昔の戦争からあり、第二次世界大戦のおりには「戦闘神経症」と呼ばれ、第一次世界大戦では「砲弾ショック」と呼ばれた、と作者による付記に書かれている。PTSDは、ある意味では身体の重傷よりも悲惨な事態に陥る。本書の主人公も重傷を負うものの生きて郷里のミネソタに帰還できたまれな兵士だった。15歳で義勇軍に参加して6年後だから、21歳になっていた。そして、23歳に亡くなる。戦場で受けた傷と精神的ストレスが彼の命を奪ったのだ。

とてつもなく凄惨な戦闘シーンが淡々と描写されているのが、これがヤングアダルト文学であることに驚いた。決して戦争を賛美しているわけではない。また、平和を訴えているわけでもない。まず、戦争や平和を考える前に知っておくべき常識みたいなものが書かれているのだと思う。戦場へ赴く少年の押さえがたい心情も書かれている。戦場の状態は反戦を意識させる。両方の溝はとても大きい。今日は日本の国会で憲法改正の手続きを定める国民投票法案が成立した。戦場がリアルに感じられる日となった。

少年は戦場へ旅立った
原題 Soldier’s Heart
作者 ゲイリー・ポールセン((c) 1998 by Gary Paulsen)
訳者 林田康一
発行 あすなろ書房、2005年12月

《関連記事=ゲイリー・ポールセンの著作》

投稿日:
カテゴリー: 読書