1959年ポーランド映画。『尼僧ヨアンナ』の公開の方が早かったので、『夜行列車』は後の作品と今迄思い込んでいたが、こっちの製作が先だった。『尼僧ヨアンナ』に比べて見る回数は少ないが、やはり印象深い映画だ。40年以上も前に見た時は蒸気機関車は当たり前だったが、今回は汽車の旅に郷愁を感じて見ていた。汽車の列車による寝台特急で大阪から青森に向かったことがあった。大阪駅を夜に発って、夜が明けて日本海が見えたときの風景をこの映画で思い出した。映画『夜行列車』はポーランドのワルシャワから北上してバルト海の町に向かう列車だ。
一人の中年男イェジー(レオン・ニェムチック)が1等寝台車に乗り込む。彼は医師で3人の手術を済ませた後だった。最後は自殺した18才の女性の手術に失敗したとのことで、憔悴している。車掌にかけあって、なんとか二人用の料金を払って、コンパートメントを独占する。妻の待つバルト海の町へ向かうのだ。しかし、そのコンパートメントには見知らぬ男からキップを買ったという若くて美しい女性マルタ(ルチーナ・ヴィニエツカ)が居る。チェックをすり抜けて男用の席に乗り込んだマルタだったので、車掌から席をあけるように要求されるが、かたくなに居座る。他の客はマルタに同情的で、イェジーが折れる。
中年男と若い女性が同居するコンパートメントを好奇の眼差しで見つめる一等列車の乗客と、混み合う2等列車の乗客を乗せて列車はワルシャワを出発する。疲れきったイェジーは若いマルタに興味を持てない。マルタは失恋の後、もて遊んだ青年を捨て、昔の男がいるバルト海の町に向かうのだ。青年はマルタへの未練を断てずに2等車に乗り込んでいる。同じコンパートメントに乗り合わせた二人が、いかに一夜を共にするに至るかを濃密に描いた映画だ。
二人の心情を代弁するように、ヴィブラホンの伴奏でジャズ・スキャットが随所に流れる。レールの切れ目で生じるリズムもモダンジャズを創っている。アメリカ映画でモダンジャズが使われる時、登場人物の不良性の象徴だが、ヨーロッパ映画では、大衆とは少しズレた主人公の異質な精神を象徴している。ジャズのサウンドに乗って、二人は接近する。
きっかけは、マルタにキップを売った男は妻を殺して逃走中の殺人犯だったことで始まる。真夜中の駅に臨時停車し、犯人を追う警官たちが乗り込んでくる。男の指定席はイェジーの寝ている寝台で、彼が疑われ、車掌室へ連行されて尋問をうけることになる。マルタは2等車に行き男を見つけ、警官にその事とイェジーの席は自分の席であることを告げる。犯人は追いつめられ、非常ブレーキで列車を止めて、夜の荒野を逃げ走る。列車から降りて、男を追う乗客たち。停止している長い列車をバックに男たちが走って来る様を逃げる犯人の視線から描いたショットは忘れられない強烈な印象をのこす。犯人は捕まり、近くの村に連行されて行くのを見送りながら、白み始めた風景のなか、乗客が戻って列車は走り始める。
自己の緊張をそのまま列車に持ち込んでいた二人は、お互いに攻撃的にしか振る舞えなかった。しかし、事件の後、通いあう特殊な時間が生じて二人はベットを共にするはずだ。というのもそのシーンは描かれていない。そういうシーンは必要ないのかもしれない。なぜなら、特別な時間に生じた刹那的な愛を感じ取るために創られた映画だから。