1992年アメリカ映画、ジョナサン・カプラン監督。60年代のアメリカの人種差別をベースにしたラブ・ストーリー。人種問題といっても過度にシリアスにならずに、ちょっといい感じのロードムービーになっている。それは、ミシェル・ファイファーが演じるヒロイン、主婦ルリーンの何ともいえない軽妙さにあると思う。ミシェル・ファイファーは『 恋のゆくえ/ファビュラス・ベイカー・ボーイズ』 (1989年)と『 エイジ・オブ・イノセンス/汚れなき情事』(1993年)とを見ているけど、これらの映画のファイファーは好きになれなかった。この『ラブ・フィールド』の彼女は全く違って、いい印象を持った。
ダラスに住む主婦のルリーンは大のケネディ大統領夫妻のファンで、ダラス空港まで見物に行く。その空港からの帰りに早くも街のテレビニュースで大統領の暗殺を知り、いたたまれなくなる。夫に葬儀の行われるワシントン旅行を切り出すが、すげなく断られて真夜中に家を抜け出して、一人長距離バスに乗る。そのバスの中で小さな女の子を連れた黒人男性と知り合う。
と言っても、なにかとおせっかいな白人主婦という感じで、男性は好意を受けつつもうっとうしい女だなー、というのが本音。全編を通してこの二人のやりとりが結構うまくて映画を楽しめた。結局は二人に恋が芽生えて、一緒になる余韻を持たせて終わるが、このあたりはちょっと楽観的な展開だがいい感じ。
とにかく時代は、バス停留所のトイレからバスの座席まで白人と黒人が分けられていた人種差別の時代で、白人女性と黒人男性が仲良くなることはおろか、話しをするだけでも大変。そんな時代背景を巧みに使いながら、二人のこころが接近していくところにこの映画のおもしろさがある。
ルリーンは女の子の世話を焼きながら身体のひどい傷を見てしまったから大変。てっきり誘拐犯だと思って、FBIに電話をする。ところが、女の子の母親が亡くなり、施設に預けれていた彼女を実の父が連れ出して故郷へ帰るところだったんだ。それから、3人はFBIから追われる身になってしまう。ワシントンへ行き着くが、葬儀を終えて帰宅しるジャクリーン大統領夫人の車がルリーンの目の前を通るすぎるなんて、ちょっといいシーンがあったりする。
ケネディ大統領暗殺は、1963年11月で、ぼくは高校2年。その日はアメリカからの生放送が開通する日で、送られてきた初めての生映像が大統領の暗殺事件だった。もちろんテレビに釘付けだった。