銀のロバ / ソーニャ・ハートネットの児童書

美しいストーリーの美しい表紙の児童書。表紙にはキミドリ色の草原に佇む一匹のロバが描かれている。物語に登場するイギリス軍中尉はお守りの「銀のロバ」を持っている。それはイギリスで帰りを待つ、幼くて病弱の弟が草原に埋まっていたものを発見し、お守りにしていたもの。それを第一次世界大戦の志願兵となった兄に託した。兄は塹壕での戦いに疲れ、逃亡兵となってフランスから故国イギリスへ徒歩で帰る長い旅の途中、英仏海峡を目前にフランスの寒村近くの森の中で足止めを余儀なくされている。失明したのだ。

森の中で、村の姉妹がその中尉を発見するところから物語がはじまる。村の人にはしゃべらないことを条件に中尉と姉妹との交流が始まる。姉妹は家人に内緒で食料を森に運びながら、中尉を助ける。妹は中尉がいつも大事そうに手に持っている銀のロバがとても気に入り、いつか自分にもらえるのではないかと希望する。

他にしゃべらないことを約束したものの、兄を巻き込み、兄の友人の助けで中尉がイギリスへ帰る手だてを考える。やがて別れの日がやってくる。そのシーンはとても感動的だ。しかし別れの場で、銀のロバをもらえるかもしれないという妹の淡い期待は実現しなかった。と、いうものの最後に妹と銀のロバの再会が用意されている。

物語の背景は1914年から18年まで、ドイツの同盟国側とフランス、イギリスなどの連合国側の間で戦われた第一次世界大戦で、塹壕戦の陰惨な状況が描かれている。物語の中には、作者の国、オーストラリアも連合国側で参戦していて、その時のオーストラリア兵士の実話に基づいたエビソードも挿入されている。100年前の戦争が描かれているが、本書は2004年に書かれている。そうすると、2003年3月のアメリカ、イギリスによるイラク空爆で始まったイラク戦争をどうしても意識してしまう。オーストラリア軍もイラクに派遣していることだし。

小説にせよ、音楽にせよ、作られた時代背景を掌握しておくことはとても大切だと思っている。時代が作者をして美しい物語を作らせる。本書もそんな作品の一つに違いないと思った。

銀のロバ
原題 The Silver Donkey
著者 ソーニャ・ハートネット((c) Sonya Hartmett, 2004)
訳者 野沢佳織
発行 主婦の友社、2006年10月

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カテゴリー: 読書