氷河ねずみの毛皮 / 宮沢賢治作、木内達郎絵の絵本を眺めて

氷河ねずみの毛皮 (日本の童話名作選)12月末の真冬の夜、北極近くのベーリングに向かう列車がイーハトヴを出発する。それに乗り合わせた乗客たちの話だ。蒸気機関車は凍てつく極北の大地をひたすらに走る。その絵から、いやがうえにも記憶がよみがえった。ぼくは何度も汽車に乗って旅をした。特に、冬の北海道の長距離列車の夜は不安と孤独がいっぱいだった。絶え間のないゴットン、ゴットンの他には汽笛の音がするだけで、静まり返った車内の中で、ぼくは乗り換え駅の接続に間に合わないかもしれない不安を抱えながら外の闇を見つめていた。高校生の頃だった。

そんな列車の旅の思い出よりも、本書の始め、イーハトヴを出発した列車が雪とガスの中に消えていく絵からよみがえった記憶がある。少年の頃、小さな駅が近くにある家に住んでいた。小さな駅だが周りの大きな工場への引き込み線のある駅で、深夜には貨物列車の編成替えをしていた。

一冬に零下20度を越すことが何度かある寒い土地で、寒い深夜の蒸気機関車の吐き出す蒸気はすさまじい勢いだった。煙と真っ白な蒸気を吐き出しながら、闇とガスの中から突然、視界に現れる巨大な蒸気機関車は何度見ても飽きることがなかった。確か百輛前後の貨物車を引っぱっていた巨大な機関車で、普段見ている一般の機関車よりも一回り大きかった。

それはまさに、黒い鋼鉄の塊が闇とガスを引き裂いて現れるといった感じだった。そんな機関車を真近に見るために、家族の寝静まった深夜にぼくは度々家を抜け出した。中学生の頃のことだ。この絵本の列車を眺めていたら、真夜中の見物はとても貴重なものに思えてきた。

氷河ねずみの毛皮
作 宮沢賢治
絵 木内達郎
発行 偕成社、2008年2月

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カテゴリー: 絵本