ドイツの児童書。「川かます」って訳者あとがきによるとドイツでは、森の中の湖や沼に必ず生息している身近な魚とある。大きくて、群れを作らない孤独な魚だという。タイトルに惹かれて読み始めた。「川かます」がどんな魚か知らなかったけれど、「川かますの夏」って語感から何かを予感させられたわけ。
主人公はアンナという名の女の子、年は書いてないが思春期であることは間違いなさそう。アンナのこの年の夏は5月から始まり7月で終わる。小説はこの2ヵ月間の物語。隣の家に同じ歳のダニエルとその弟ルーカスがいる。学校に行くも遊ぶのも、いつもこの3人だ。伯爵の城内に住む一家は村の人々との交流があまりないのだ。
ダニエル兄弟の母親のギゼラおばさんのガンを知ってから亡くなる7月までの、少女アンナの心の成長物語となっている。アンナの両親は離婚していて、父親が家を出ている。母親はなにかにつけ活発な性格で、おっとりした父親とはそりが合わなかった。アンナはその父の性格を引き継いでおっとり型だ。アンアは今でも父親を慕っている。一方、アンナの仕草をせっかちな母が素直に受け取らないので、彼女は母親への愛情表現をうまくできずにいつも迷っている。
その上、同じ歳のダニエルとも仲違いして口を聞かない日も続いた。ギゼラおばさんの病状は急速に悪化していく。ダニエルの配慮で仲直りした日は両家合同のバーベキューパーティだった。暑い日で、庭でのパーティの終わった後、3人の子どもたちは戸外で眠ることを許される。気配でダニエルが寝付けないのを気付いたアンナは彼を自分のふとんに入れてやる。いつも強がっているダニエルだが、この時ばかりはアンナの胸で泣く。男の子の辛い心を美しく表現した印象的なシーンだ。
小説はアンナの独白だが、とても美しい日本語で、このナイーブな少女が目に浮かぶようだ。アンナとダニエルは喧嘩をしたり、仲直りしたりしながら友情を強めていく。その大きなきっかけは、死を間近にしたダニエルの母親のアンナへの計らいにあった。
身近な人の死を恐れるあまり、死を受け入れることのできなかったアンナだが、最後は現実を直視する。母親ともうまくやっていけそうだ。ダニエルとも。母のお気に入りのTシャツを無断で着て、同性のクラスメートと会って喧嘩して帰ったとき、当然叱られると思ったアンナだったが、母は「そのTシャツ、よくにあってるわね。あげようか」。ジーンときた。この母親の魅力的な存在が、この小説をとても印象的なものにしている。
川かますの夏
著者 ユッタ・リヒター
訳者 古川まり
発行 主婦の友社、2007年7月