2003年フランス映画。『ブロンテ姉妹』(1977)と『海辺のホテルにて』の印象が強い(1981)アンドレ・テシネ監督。脚本が『デュラス 愛の最終章』のジル・トーラン。見ながら、はりつめたテンションがたまらなかった。最近見た映画では、フランソワ・オゾン監督の『スイミング・プール』(2003年)もそうだった。フランス映画のこの緊張感はいったいどこからきているのだろう。見終わったとき、ほんとうに映画を見たという充足感で幸せな気分になる。
第二次大戦時、ドイツ軍のパリ占領が迫る中、パリを逃げ出す人々でごった返す国道のシーンから始まる。ちょうど、ルネ・クレマン監督の『禁じられた遊び』と同じファースト・シーンだ。混乱の中に夫を戦争で亡くした教師のオディール(エマニュエル・べアール)は13歳の息子と7歳の娘を連れて車にいる。その時、ドイツ軍戦闘機の空爆をうけて大混乱の中、3人の家族は、偶然そばに居合わせた、17歳の少年イヴァン(ギャスパー・ウリエル)に導かれるままに森へ逃げ込む。
映画の最後であかされるのだが、イヴァンは感化院を脱走し、官憲に追われている少年だ。このイヴォンの壊れたような人間性から放たれる緊張感がたまらなくいい。文字の読み書きさえ覚える環境になかった少年の秘めた暴力性に一歩もたじろがないオディール。子どもたちはまったく異質なイヴァンにひかれ、慕うようになっていく。
森の中に一軒の屋敷を発見、4人はそこに滞在することになる。野鳥や魚、野うさぎなど、食料の調達はイヴァンに頼らざるを得ない。オディールとイヴァンの間にあった氷のような冷たいこころの垣根もゆっくりと消えてゆく。この時間の変化の絶妙な演出と二人の演技がもう、ものすごくいい。クライマックスは、オディールがイヴァンを求めて、野外で結ばれる。こんなセックスシーンは他に知らない。イヴァンは初めて女性の身体を見るという。セックスの途中から彼がリードして、同性しか知らない彼が、自分の慣れたやり方でさせて欲しいと言う。
翌朝、官憲に捕まったイヴァンがオディールのもとに連れた来られる。一言もしゃべらないイヴァンだったが、彼の着ているシャツのイニシャルから屋敷の主のものと判明していた。知り合いかと尋ねる官憲に、答えない母親に替わって、息子が友人だと答える。難民施設に収容された家族だが、そこでオディールはイヴァンについての名前や過去など、彼を特定する事実を尋ねられて、彼女は何も知らないと答える。そして、イヴァンのその後を聞かされる。ここから先がこの映画を決定づけているラストシーンだ。ほんとにすごい映画だ。