ひとりぼっちの不時着 / ゲイリー・ポールセン著の児童書

セスナ機がカナダの森林地帯に不時着して、乗っていた13歳の少年ブライアンが大自然の中で一人で54日間を生き延びるサバイバル小説。原題の「Hatchet」は「手おの、(アメリカインディアンの)いくさおの」と辞書に出ていた。本文中でも頻繁にでてくるが、「手おの」と訳されている。なぜ、題名を「手おの」にしなかったのか、ぼくにはとても残念に思える。ポールセンの『少年は戦場へ旅立った』もそうだ。原題は『Soldier’s Heart』だ。これだって『Soldier’s Heart』でなければだめなんだと思う。

なぜ、『ひとりぼっちの不時着』や『少年は戦場へ旅立った』はだめかというと、タイトルが他人事だから、読者は物語の世界から距離を置いて読んでしまうかもしれないから。それはたぶん、日本の読者である少年や少女に対する教育的配慮として意図されたものかもしれない。つまり、あまり物語の中に深入りしてほしくないという大人の気持ちが現れていると想像できる。

本書はサバイバル小説には違いないが、いろいろとクセがあって思ったほど単純な小説ではなかった。少年の両親は離婚したばかりで、母親とニューヨークに住んでいる。初めての夏休み、カナダの油田で働いている機械技師の父親の元ですごすために、機械部品を運ぶセスナに搭乗してカナダに向かっているのだ。少年ブライアンはセスナの中で飛行場までのドライブ中の母親との会話を思い出している。

ドライブ中、母親は沈黙を気にしている。ブライアンは母親に心を開いていない。離婚前、ブライアンはサイクリング中に見覚えのないステーション・ワゴンの中に母親がいるのを目撃している。金髪のテニス用の白いポロシャツを着た男と一緒だった。その光景がブライアンのこころに強く焼き付いているが、父親にも母親にもそのことは言っていない。自分一人の中に閉じ込めているが、それって、結構苦しいことだ。だから、ブライアンはドライブ中も母親にこころを開けないでいる。この場合は、苦しいのは母親も一緒で、彼女の方が気を使う。これが13歳の少年と母親の会話かと感心するような大人びた描写がなかなかいい。

車中、母親はブライアンに「手おの」をプレゼントする。手おのなんかダサくてありがたくもないが、「ありがとう、すてきだ」とおざなりな礼を言う。母親はベルトに通してと言う。13歳というと中学1年生。そんなキザなことがとても恥ずかしい年頃なんだよ、できるはずがない。でも、母親の弱さも感じて素直に従う。「うちのボーイ・スカウトさんだわ」とおどける母親に、少年はかつてまだ仲のよかった親子時代を思い出して目頭を熱くする。それを気づかれるのがいやで母親から顔をそむけて車外を眺めるブライアン。とてもいいシーンだ。

セスナ機の操縦士は心臓発作か何かで突然、絶命してしまう。飛行予定コースを大きく外れて、セスナは森林地帯の小さな湖に不時着するが、ブライアンは九死に一生を得る。しかし、問題はそれからだ。ブライアンの54日間のサバイバル生活が始まるが、それを支えたのは母親からプレゼントされた「手おの」だった。しかも、母親に言われるままに身につけていなければ生き続けることはできなかった道具だ。

この小説は人と道具の関わりによって、人はどのように変化するか、または生きるために変化しなければならない、ということが書かれているんだと思う。ぼくの場合は手おのをコンピュータに置き換えると、作者の気持ちが分かりやすい。終盤、ブライアンは大嵐で沈んでいたセスナ機が浅瀬に打ち上げられたせいで、機内から遭難用に備え付けのサバイバル用品を必死の想いで手に入れることができた。中味の道具や食料はブライアンを感動させるが、その一つ、22口径のサバイバル・ライフルを見つけたときの彼の心の動きにぼくは強くひきつけられた。ライフルは生きるため(食料確保)の道具であること。ここんところが銃を武器としか見ることのできない日本人であるぼくには新鮮だった。

ポールセンが作家としてスタートしたのは、ベトナム戦争からの帰還兵へのインタビューをまとめたものだと、訳者のあとがきにあった。ポールセンは戦争に批判的らしい。そういう作家が銃と少年をつなぐ絆を表現するとき、微妙な美に出会ったような戸惑いを受ける。銃の問題は簡単じゃない。手おのはどうか? 母親からプレゼントされた手おのなくしてブライアンは生き延びられなかった。母との再会でブライアンは感謝したのだろうか。その描写はない。ただ、母親が恋人に会うのを容認したようだ。生きていたら、ステーションワゴンの母のことを父親に話しをしようと思い続けていたのに、自分一人の胸に留める力がついたので、やめた。道具「手おの」との関係の中で成長した結果だ。

本書のタイトルはやっぱり「手おの」しかない。「ひとりぼっちの不時着」だと、単なるサバイバル小説にしかならない。ああ、助かって良かった、それで終わりだもんね。

ひとりぼっちの不時着
原題 Hatchet
著者 ゲイリー・ポールセン(Copyright by Gary Paulsen, 1987)
訳者 西村醇子
発行 くもん出版、1994年7月

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カテゴリー: 読書