ぼくは1987年暮れに初めてのコンピュータ、MacPlusを購入するが、それからというのもほとんど部屋に閉じこもってしまった。好きな音楽のライブに出歩くこともなくなり、次第にCDさえ買わなくなっていった。その頃、「港の空の色は、空きチャンネルに合わせたTVの色だった。」と始まるウイリアム・ギブソンの『ニューロマンサー』を愛読していた。
サイバーパンクと呼ばれた近未来SF小説だ。主人公の青年ケイスはマトリックスと呼ばれる共感覚幻想の中に、肉体を離脱した意識を投じる特注サイバースペース(電脳空間)デッキにジャンク・インして、データの窃盗をやっている凄腕だった。小説の舞台は日本の千葉シティだが、ケイスの行きつけのバーは、一週間飲み続けても日本語を耳にしないという無国籍的なスペースだ。当時のぼくは、そのバーで鳴っているサウンドを想像することは難しかった。今ならそれはテクノ以外にないだろうと思っている。
『ニューロマンサー』読んで20年近く経った今、ぼくはWebサイト制作を生業として、当時は想像もしなかったPCの使い方をしている。そして、クラブでテクノの爆音を浴び、部屋でテクノをバックグラウンドにそのSF小説を読んでいる。20年をかけて、まだ遠くにだが、やっと主人公ケイスを捉えることができた。
『200CDテクノ/イレクトロニカ』は電子音楽のアルバムを紹介するガイドブックだ。1枚目がドイツのシュトックハウゼンであることから分かる通り、まだテクノのという言葉のなかった時代の、その祖先たちから始まる。70年代から80年代とぼくはまさに魂をこめた生演奏こそ音楽だという認識のもとにフリージャズからパンクロックを聞いていた。しかし、同時に聞いていたシュトックハウゼンやスティーブ・ライヒ、フィリップ・グラスが本書では祖先に含まれていて親近感を覚える。
ブライアン・イーノの「オブスキュア」レーベルは懐かしい。スロッビング・グリッスルやキャバレー・ヴォルテールも祖先ということで、ぼくは最初からテクノに近いところにいたんだと思う。と言いつつぼくはまだテクノ・ミュージックはよく分からない。本書はアルバム紹介とは別に、テクノとエルクトロニカを歴史とテクノロジーの両面から解説するページがあって、何度も読み返している。
しかし、参考アルバムとしてアンソニー・ブラックストンの『For Alto』が取り上げられているのには驚いた。フリー・ジャズがすっかりと成熟していた70年代に登場したアンソニー・ブラックストンだったが、ぼくにはすごく衝撃的なフリージャズ・プレイヤーだった。18名の執筆陣だが親近感が湧く。そうそう、恩田晃のパフォーマンスを地下室の小さな空間で聞いたのはつい2年前のことだった。その恩田のアルバムも紹介されているのを読んで、テクノの人なんだと分かった次第だ。
200CDテクノ/エレクトロニカ――新世代電子音楽ディスクガイド
編者 200CDテクノ/エレクトロニカ編集委員会
発行 立風書房、2002年8月