高橋透 著 / DJバカ一代

リットーミュージック、2007年3月発行

DJバカ一代
DJバカ一代

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高橋 透
リットーミュージック
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東京のディスコで働きはじめた1975年から20年間の著者のディスコとクラブの体験記。ページ下に、ミュージシャン名や用語の簡単な注釈があり、各章の終わりには、関連するレコードのジャケット写真と説明も載っている。クラブシーンの歴史が素早く分かる内容の本だ。ぼくは1985年から20年近く、音楽を聞いていないので、その空白がとても気になって、クラブ関係の本を読むのが好きだ。ちょうどぼくが音楽を聞いていなかった頃にクラブシーンが盛り上がっている。それを全く知らなかったからだ。

85年頃、六本木や青山など、ロックやニューウェーブをかける店に人気が集まり、ディスコがクラブに移り変わり始める時期だったと書いてある。

70年代後半、ぼくは長いこと聞いてきたジャズがつまらなくなって、パンクロックを聞き始める。その延長でニューウェーブをずっと聞いていた。その頃はディスコに誘われることも多かったが、フロアーに出ることは少なかった。無理に引っ張り込まれても、体が固まってぎこちなく動くしかなかった。

ソウルフルな曲がかかればいい方で、たいていは映画「サタデー・ナイト・フィーバー」の大ヒットの影響もあって、典型的なディスコ・ナンバーが多かった。ぼくはそれがどうしても好きになれなかった。あのとき、ジョイ・ディビジョンがかかれば、イアン・カーティスの歌声には反応せざるを得なかったと思う。でも、その時代を体験することなくぼくは、音楽を聞くことをばったりとやめた。

きっかけは85年に胃潰瘍で入院したことで、退院後は出歩くことがなくなった上に、87年にはMacを買ったので、まったくの引きこもりになってしまった。そのうちに世の中が不景気になって、ますます音楽どころではなくなっていった。

著者は85年に渡米し、2度目のニューヨーク暮らしを始めている。このニューヨーク行きの目的のひとつがラリー・レヴァンのプレイを体験したいからだったと書いている。だから、その章にはパラダイス・ガラージとそこでプレイをするラリーのことが詳細に書かれていて、すごくおもしろい。

ぼくは2007年からクラブで音楽を楽しむことを覚えたが、そのためにはクラブ・カルチャーの歴史を知ることは不可欠だと感じている。その意味でパラダイス・ガラージなどのニューヨークの記述が興味深く読めた。著者は89年に芝浦の「ゴールド」の開店に合わせて日本に帰ってくる。そのゴールドの話も詳細をきわめているが、トウキョウ文化が色濃く感じられただけだった。