山塚アイの「eye 8 HOURS」@ sound channel

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11906489299月22日、「eye 8 HOURS」と題された山塚アイのDJに、クラブ「sound channel」へ一人で行ってきた。自転車だとすぐの距離だが、あえて徒歩でその始めてのクラブへ行った。8時間は長い。どうせ、近場だし、深夜に入場して夜が明ける前には帰るという計画を立てたが、タイトルの「eye 8 HOURS」に惹かれて、最初から最後まで sound channel に居続けることにした。

山塚アイは一人で8時間をノンストップで回し続けた。山塚アイが「eye 8 HOURS」と自らタイトルをつけたのだから、当然そうするとは思っていた。だが、現実に8時間を回し続けるのはすごいことだ。

ぼくは8時間の構成自体にも興味があったので、開演時間に間に合うように着いたが、世界的なアーティストの山塚アイだから人だかりができていると思ったが、そんなものはなくて拍子抜けがした。一人待っている若い女性に「まだですか?」と尋ねたら、アイさんはさっき、車で出て行ったという。ふーん、食事かな、なんて言いながら二人で話しをしてたらアイさんが戻ってきた。細くてしなやかな身体は、2年半前の細野ビルヂングで始めて見た時と変わっていない。それはHandshake主催のイベントでのパフォーマンスだった。

ぼくはアイさんの8時間の構成を適格に表現する音楽的素養がない。ただ、うねるように確実に何かが変化していた。最初は明るい調子のサウンドが予想外れで、ちょっと戸惑った。深夜になってフロアに人が溢れる頃には、重いビートにノイズやフリージャズがかぶさるサウンドが延々と続いて、もうメロメロになった。夜が明けて、窓からの明かりがフロアに入って来た頃は、フロアをぎっしりと埋めていたクラバーもかなり少なくなっていた。しかし、ここからのサウンドにぼくは一番いかれてしまった。ノイズを基調に重いビートが途切れては再開する。そのビートが始まる瞬間の高揚感がたまらなかった。そしてそれは延々と続いた。

ぼくは、もちろんフロアーに立ち続けていたわけではない。途中には、腰や脚が張ってしまって、身体を動かすのはもちろん、立っているのさえ苦痛になって、ソファーで長い休息を何度か取っていた。でも、最後だけはフロアーに立っていたかったので、苦痛に耐えながら長く続く終盤の高揚感に身をゆだねていた。突然、サウンドがブチっと止まり、上りつめたままの状態でDJは劇的に終わった。フロアーから熱い拍手が起こる。しかしDJブースから素早く消える山塚アイの姿を一瞬見ただけで、主の姿はもうなかった。カッコいい。山塚アイは8時間というのもの、フロアに声をかけることはもちろん、一べつもせずに姿を消した。かっこ良すぎる。

ぼくは入り口で話しをした女性がフロアに居るのを見て、かけ寄って握手をした。彼女は最初から連続5時間を踊り、途中休んでからまた、最後まで踊り続けたと言っていた。マイミクシィになって届いたメールには、「チャクラが開きました。笑 」とあった。ぼくは始めてのクラブという緊張もあって、とてもそこまでは行かなかったが、意味は良く了解できた。山塚アイのサウンドを8時間まるまる浴び続けることで得られた何かがあった。

改めてアイさん本人の手になるフライヤーを眺めていたら、なんだ・・・と気づいたことがある。フライヤーを反時計回りに90度回転させると分かる。両の手の平を向かい合わせている図なんだ。東洋医学でいうところの「気」が手の平の中央部から放たれている図ということになる。ぼくは、もう何十年も前だがある武術家から気の出しかたを教えてもらったことがある。今でも、身体に不調の箇所があると気を当てて、自己免疫力を高めるなんてことをしている。充実した気が放たれると、両の手の平を向かい合わせた中央部にはっきりとした球体を感じることができる。それはたぶん、手の平の中心部から放たれた磁気によるものだと思う。そんなことを知りながら、フライヤーを眺めていると、とてもおもしろい。

ぼくは音楽を聞いて、これほどの充足感を得られたことは今までないことだった。音楽をじっと座って聞くことに何の疑問も感じないで40年以上もやってきた。そんな教養主義的な聞きか方を少し変えてみよう。ビートに身をゆだねようと思っている。