ニューヨーク・ニューヨーク / ジャズ・ミュージシャンのアメリカン・ドリーム

1977年アメリカ映画、マーチン・スコセッシ監督。1945年8月15日、日本の降伏で第二次世界大戦が終結。ミューヨークは祝勝ムードに沸き返っていた。サックス奏者のジミー(ロバート・デ・ニーロ)はトミー・ドーシー楽団が演奏する大きなホールでナンパしていて、軍服姿のフランシーヌ(ライザ・ミネリ)に出会う。しかし、フランシーヌはすぐに、専属歌手として以前に所属していた楽団に復帰して全国ツアーに旅立つ。彼女を追って、ジミーもその楽団に雇われる。実力派のジミーはすぐにリーダー格に。

二人の幸せの絶頂で、ジミーは「ニューヨーク・ニューヨーク」を作曲する。バンドマスターが引退後はジミーが楽団を引き受ける。フランシーヌの人気もあって楽団は安定するが、彼女は妊娠して、ツアーから降りてニューヨークに帰る。彼女はコマーシャルソングの録音などでスタジオの仕事を続ける。

ジミーは、後任の女性シンガーをうまく使えずに、楽団は衰退。メンバーの一人に譲ってニューヨークへ。ジャズ界の先端は成熟したビッグ・バンド・ジャズではなく、黒人ジャズメンを中心として、戦前に始まったビバップに移っていた。ジミーはビバップに入れ込む。黒人ジャズマンがクラブへ誘ってくれる。ジミーは「問題がある・・・オレは白人だ」と言う。黒人ジャズマンは「裏口から入ればいい」とジョークを飛ばすして一同笑うが、笑えないジョークだ。

バド・パウエルらしきジャズマンやビリー・ホリデーらしいシンガーが活躍するクラブのステージで、ビリーはただ一人の白人プレイヤーだが、バッパーとしてすでに十分に存在感を発揮している。そんな時、フランシーヌはいきなり出産。ビリーは生まれた男の子に面会しないまま、彼女から去る。

数年後、舞台に映画に大活躍するトップシンガーとなったフランシーヌは6年振りにニューヨークに帰ってきた。そのニュース映画を見るジミーだが、彼もまたジャズ専門マガジンのダウンビート誌の表紙を飾り、人気投票では2位のチャーリー・パーカーの上に輝いていた。セレブの集まる粋なジャズ専門のクラブを持ち、洗練されたモダンジャズを演奏している。

クラブの事務室から、ジミーはフランシーヌのショーの席を予約する。満員の大バコのクラブ、ステージにはフランシーヌが歌っている。ジミーが予約席へ歩むシーンは何度見てもいい。曲が終わって、客席にジミーを見つけたフランシーヌは「ニューヨーク・ニューヨーク」を歌う。

ラブロマンスにアメリカン・ドリームとジャズをからめた映画で飽きさせない。ロバート・デ・ニーロの演技が半端でない。エキセントリックなミュージシャンを演じきっている。戦後のビッグ・バンド全盛からビバップに移行する時代の感じを娯楽作品の中ではうまく表現していると思う。同時に、ジミーのアメリカン・ドリームの達成は彼の中ではジャズの成熟であり、それは彼のジャズの死を意味している。ただ、これは本作品の制作意図ではない。

結局、ジミーはフランシーヌの楽屋まで行き旧交を暖めるが、二人はよりをもどすことはない。フランシーヌは主演のミュージカル映画で、ハッピーエンドはラブロマンスの映画の中にしかない。現実にはそんなことはない、と歌っていた。二人もハッピーエンドに至らなかった。1970年代はアメリカン・ニューシネマの時代で50年代ラブロマンス映画と違う。

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カテゴリー: Movie