DJカルチャー――ポップカルチャーの思想史 / ウルフ・ポーシャルト著

DJカルチャー―ポップカルチャーの思想史ボクはいろいろな事情から80年代の中頃から90年代を通して、音楽をほとんど聞いていない。だからこの時代に生まれた、ヒップホップだの、クラブだの、そしてこれらの音楽シーンに欠かせない「DJ」というものを全く知らなかった。今だって、知ってるとはとても言えないが、2000年に入ったばかりの頃は余りの無知にあせった。で、DJ の入門書を読んだこともある。レコードプレーヤーを2台用意して、自宅で練習するところから始める本当の入門書だ。今から思うと笑ってしまうけど、とにかく何にも知らなかったんだ。もっぱら音楽を聞く側のボクが求めているのは、文化としてのDJだよね。そういう意味で、本書はもっと早くに読んでおけばよかった。今はざっと通読しただけだが、DJカルチャー理解のために熟読したくなる本だった。

ただ、本書は音楽文化の解説書というよりも思想書なんだ。ニーチェ、ヘーゲル、マルクス、エンゲルスなんかの古典的哲学者から、フーコー、デリダなどフランスの新しい哲学書からの引用が散らばっている。ぼくはこういう部分は飛ばしたけれど、著者の語るDJカルチャーの変遷はなんとなく理解できそうだ(もう1度読まなければならないけど)。十代の後半から音楽を楽しんできたので、90年代の音楽文化の変革を知らないのはちょっとしゃくなんだ。

本書には古今の哲学書への言及だけでなく、ダダイズムからウォホールのアート史、フランス映画のヌーヴェルヴァーグ、そしてもちろん、音楽にはアメリカ黒人のブルースからR&B、パンクロック、ラッパーなど目まぐるしい言及にはクラクラしてしまうが、もちろんこれが面白い。

訳者のあとがきに、本書は抄訳だとある。これはとても残念だ。70年代から90年代にかけての音楽シーンの歴史記述をカットしたとある。著者の切り口でぜひとも読みたい部分だと思う。

ネットで検索をしたら、抄訳についての批判的意見を見つけた。それによると、翻訳は原著の4分の1にすぎないそうだ。それは、仲俣暁生氏のPDF版『陸這記』で読める。その中の「ウルフ・ポーシャルト『DJカルチャー』の邦訳への疑問 」を本書と共にぜひ読むべきだと思う。ここには他にも「ネルソン・ジョージ『ヒップホップ・アメリカ』」など面白い記事があった。

DJカルチャー――ポップカルチャーの思想史
著者 ウルフ・ポーシャルト(Copyright 1995 by Ulf Poschardt)
訳者 原 克
発行 三元社、2004年4月