桜桃の味 / アッバス・キアロスタミ監督

桜桃の味 [DVD]1997年イラン映画。ずいぶんと評判の映画らしいが、ぼくは新しい映画にうとくて知らなかった。Mixiの若い友だちに勧められていたのでビデオで見た。生きることに絶望しているらしい主人公の中年男バディは、報酬を用意して自殺の協力者を探している。でも最後は自殺を思いとどまり、希望の見える映画らしい。こういう映画を20代の若い人に勧められるっておもしろい。

しかし、ぼくはオプチミストとして生きる努力をしているので、この映画に感情移入することはできなかった。悪い映画ではないが、絶賛する人たちよりはぼくは醒めて見ていたと思う。バディに協力することになった初老の剥製師が、若い頃の経験談を聞かせる。自殺をしようと桑の木にロープ結んでいると、手に触れた桑の実を食べはじめたことだ。ひとつ食べ、二つを食べて、食べ続けるうちに朝がきて自殺を思いとどまったという話だ。初老の剥製師はお金のために協力を引き受けたが、バディにも思いとどまらせようとしている。

ぼくは努力してオプチミストをしているので、ほんとうのオプチミストではないのかもしれない。悠々自適で暮らせるわけでもないし・・・。次々と桑の実を見つけ出しているだけかもしれない。そう思うと剥製師の言葉はなかなか含蓄がある。バディは初老の協力者に出会うまでに、クルド人の若い兵士とアフガニスタンからイランの神学校に来ている若い神学生たちから協力を断られている。

彼らとてお金は欲しいが、自殺の協力者になることは考えられない。バディの申し出をかたくなに、また、紋切り型に断るだけだ。でもこの二人と神学生の友だちを含めた三人の若者たちの表情がとても良かった。クルド人の若者は非常に寡黙だが真っすぐだ。彼に比べるならアフガニスタンの二人は自分の考えをしっかりと持っている様子がそこはかとない会話からみてとれる。背景にはイラン・イラク戦争とソ連・アフガン戦争がほのめかされる。そして、この二人も真っすぐだ。決してタリバンのような原理主義的ではなくて、西洋人にも日本人にも容易に理解できる真っすぐな姿勢なんだ。

この映画は政治や歴史を直接に語るものではない。根底にイスラム文化があるのかもしれないが、ぼくにはそこまでは分からない。分かることといえば、例えばアフガンの青年がバディにお茶を用意するといった、何でもないようなディティールの積み重ねが絶妙だった。場所は土と埃だけの小高い丘の上だけで映画は進行する。土埃をたてながら、バディの車が丘の道を行きつ戻りつする。夜になってバディは予定の行動を実行する。

カメラは暗転して、唐突に撮影風景に切り替わる。バディ役の俳優はタバコを吸っている。監督はエキストラに指示をしている。土埃がたっていた小高い丘には一面に草がはえ、木は花をつけている。季節が変わっているようだが、何の説明もないドキュメンタリータッチのラストシーンは見事というしかない。

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カテゴリー: Movie