読書メモ:絲山秋子著『エスケイプ/アブセント』

エスケイプ/アブセント

初出「新潮」2006年11月号

二度読んだが、一度目よりさらに面白かった。たぶん、これからも何度か読むだろう。絲山秋子の著書は『イッツ・オンリー・トーク』 から始まって、『袋小路の男』、『海の仙人』と単行本を読んできた。飛ばし読みなので、このプログのメモにはまだ書いていないが、『ラジ&ピース』と『ダーティ・ワーク』も読んでいる。これらの中でも、『エスケイプ/アブセント』が一番おもしろい。

エスケイプ

「どっかで暴動でも起きないかな!」が口癖の正臣だが、40歳の2006年、職革(しょっかく=職業革命家)を辞めて旅に出る。東京駅から大阪行きの寝台車に乗り込み、京都へ行く。これは京都での1週間の物語だ。きっかけは2001年、NYCの同時多発テロ。

1974年、三菱重工爆破事件をテレビニュースで見たのが正臣が過激派に入るきっかけとあるが、計算したら8歳じゃないか。テレビの前で熱くなっていたそうだ。1966年生まれということだから、68年前後の新左翼運動の激しい頃を体験していない。それでも、過激派のセクトに入る学生がいたんだ。

双子の兄弟の和臣は仙台から東京の大学に行った兄を嫌っていたので、自分は仙台を出て、京大を選び、吉田寮で生活をしながらノンセクト・ラディカルをやっていた。

ぼくは京都に住んだことはないが、大学院生と仲良くなり、下宿に何度も泊がけで遊びに行った。だから、この小説に出てくる場所やお店はたいてい知っている。院生が京都を離れても、ヒマがあると京都へ行くことが何年も続いていた。それがある時を境にすっかりと京都に興味を失った。この小説を読んでいたら、ちょっと京都へ遊びに行きたい気持ちが起きてきた。

正臣はルー・リードとも演奏しているロバート・クインのファンで、京都の中古レコ屋でロバートのレコードが縁でニセ牧師と知り合い、教会に泊まり込むことになる。教会といっても戦前から残る古い地域の長屋だ。

『海の仙人』にはファンタジーと呼ばれる神そのものが登場した。その神よりも本書の偽牧師の方が神について考えさせれる。いったい、著者は神を信じているのだろうか。とても興味深い。こんなにやるせない人物像を描けるのは神の存在を信じているからに違いない、というのが目下のところ、ぼくの結論だ。

アブセント

弟の和臣の物語。和臣は仙台から京都、そして今は福岡に住んでいる。京都時代の親友が交通事故で死んで、その実家の大津に行く。実家を出て近くの琵琶湖の前に立っているところで小説は終わる。
『エスケイプ』は、正臣が比叡山の山頂から琵琶湖を見ているところで終わっている。ただ、時代が4年ほどずれている。

明日も希望もない、とても悲惨な二人だ。