梅田望夫 著(筑摩書房[ちくま新書687]、2007年11月発行)
多くの情報技術(IT)を解説する本からは、社会の大変革を知ることができる。本書はそれらの本とは少し違い,この大変革の時代で学ぶことと働くことが具体的に書かれている。しかし、梅田さんの著作が初めてなら、全体を覆う著者のオプティミズム(楽天主義)が気になるかもしれない。以前の著作から読んでいるなら、著者の主張するオプティミズムには深い意味がこめられていることを知っているので、それが重要なキーワードであることを認識しながら読み進むことになる。ぼく自身、このオプティミズムに助けられている一人だ。
これまでの梅田さんの本からも大きな力を得ていたが、どちらかと言うと社会のエリートにはあてはまるが、ぼくのようなもう若くはないフリーランスのホームページ制作者には少し敷居の高いものだった。本書はこのぼくにもあてはまる部分が大いにあって、今までの著作よりも格段におもしろく読めた。
旧来からの社会の仕組みに適応でき、ルールががっちりした「古い職業」や「大きな組織」でも無理なくやっていける人たちは、いつの時代でも生きやすい。しかし、「時代の大きな変わり目」に生まれる「志向性の共同体」や「小さな組織」や「新しい職業」の増加は、日本社会のシステムにうまく合わずに苦しんでいる人たちにも、サバイバルの可能性を広げるものだ。(p239)
本書の最終章にある記述だが、とても気持ちのいい視点だ。ぼくは高校を卒業してもう40年以上も経つ。ちょうど所得倍増計画の池田首相の時代がぼくの中学、高校時代だった。ホワイトカラーだった父の影響もあって、大学に進学して大きな会社に就職するという一本のレールを進むことだけを目指す中学、高校生だった。しかし、ぼくは大学を受験しなかった。
高度経済成長が始まったばかりの好景気の中で選択肢のない価値観にしばられている大人たちを見ていると、ぼくは日本社会のシステムに合うはずがないという想いをつのらせて、大学受験を直前になって止めた。両親に対してはだいそれた決断をしたものの、どう生きていったらいいのか全く分からずに職を転々することになった。その高校生のときに本書に出会っていればどんなに良かったろうと思う。
職を転々としながら、腕に技術を持つことの重要性を認識して、最終的には1970年代後半に写植版下業者として小さな事務所を持つところまで行った。しかし1990年代にはパソコンの普及によって業態そのものが消失したせいで廃業せざるをえなかった。その後はフリーランスのDTPオペレータ、そしてホームページ制作者として今に至っている。
90年代以降、試行錯誤をしながら模索してきたことは本書によって間違いでなかったことが追認できた。これはほんとうに嬉しかった。繰り返すがぼくはこの職業におけるエリートではない。小さな会社から依頼されて小さなサイトを細々と制作し、多いとは言えない収入を得ているだけだ。しかし、かつての写植版下業やDTPオペレータのときは完全な下請け業者だったのに、今は全てが直接の取引と大きく変化している。これはとても大きな変化だと思う。まさに「ウェブ時代」だから可能なことに違いない。その時代背景と同時に、ぼく自身を支えていたのはオプティミズムだったと思う。本書によってさらにその想いを強くした。本書と本当に出会いたかったのは10代後半だが、今の年齢でも梅田さんの著作は役立っている。