220ページたらずの新しい児童小説だが、最前線の兵士の心理を描いた、とても優れた戦争小説だと思う。
家族や同僚のみんなからトモと呼ばれている16才のトーマス・ピースフルは第一次世界大戦のベルギー北部は西部戦線に派遣されているイギリス軍兵士だ。彼が朝の6時を待つまでの8時間の思い出が小説になっている。夜明けには大変な事態を迎えることは読み始めてすぐに予想されるが、それが何であるか最後まで分からない。分からないで読んだ方が感動が大きいので、ぼくも結末は書かない。
思い出は彼が小学校に初めて登校する日から始まる。靴ひもがほどけているが、彼は結べない。教室で隣に座っている2才年上のモリーが彼の前に膝をついて蝶結びをしてくれた。その間、彼はモリーの髪を見ていた。結び終えると顔を上げて、にこっと笑った。モリーと友だちになるのにはそれで十分だった。
トモより3才年上の兄、チャーリーも同じ学校に通っている。チャーリーとトモ、そしてモリーの3人はいつも一緒に遊び成長した。小説の前の半分は、三人の三角関係とも言える淡い恋物語になっている。三人で川遊びをするが、このとき服を着ていない女の子を初めて見る描写とか、ドキドキさせられてしまう。
トモが15才のとき大きな失恋の痛手を味わう。チャーリーの子を身ごもったモリーが実家を出されて家族として一緒に暮らすことになった。チャーリーとモリー夫婦の隣の寝室でトモはモリーへの愛を捨てきれずに、眠れぬ夜を過ごす。そんな頃、ヨーロッパで始まった第一次世界大戦が戦火を拡大していった。
チャーリーとトモは兵役を志願せざるを得ない雰囲気の中でイギリス軍に入隊して、戦争の最前線である西部戦線に送られる。ドイツ軍はフランス侵入を目的としてベルギーに侵攻した。ベルギーの独立を保証していたイギリスはそこに兵を送ってドイツ軍を阻止しなければならなかった。そのため、フランス北部からベルギーのフランダース地方が戦場になる。これが数々の映画にも登場する有名な西部戦線だ。
小説の後ろの半分はこの西部戦線での物語となっている。塹壕を掘り巡らしての戦いだが、この悲惨な実態が描写されている。ドイツ軍により毒ガス兵器が使われたのも、この戦場だ。その描写もすごい。しかし、塹壕をめがけて攻撃するドイツ側の砲撃もすごい。それは何日間も続く。我慢の限界を越えて、今では、多くの兵士が精神的外傷を受けていたことが分かっていると、著者のあとがきにもあった。
つまり、この小説からは有名な西部戦線の知識を得るばかりが目的ではない。たぶん、第二次大戦の日本軍最前線兵士にも通じるものがあると思った。そして、三角関係にせよ、戦場にせよ、これが現在の児童文学の水準なのかと感動した。こんな児童文学のあるイギリスはやっぱりすごいと思う。
兵士ピースフル
原題 Private Peaceful
著者 マイケル・モーパーゴ、(c) Michael Morpurgo, 2003
訳者 佐藤見果夢
発行 評論社、2007年8月