ルキノ・ヴィスコンティ 監督/ルートヴィヒ

22日夜の nu things で阿木譲さんのDJイングがあったんだけど、時間が来てもオーディエンスが集まらない。後からは来たけど、その時はぼく一人が真ん前に座ってたんだ。DJが始まってかどうか分からないうちに、唄の入った退廃的なサウンドが流れてきた。おー、好みじゃん! と思ってたら阿木さんが、そのジャケットをぼくの前にポイって投げ出して、「Koopの新譜だよ・・・」。

女装の男性二人のアップ写真を使った素敵なジャケットだった。この退廃的な美はヨーロッパだよ、他では無理だって二人で話をした。あの時のパンク・ロックやニューウェイブが、今、こういうサウンドになって継承されている、って阿木さんが言う。あの時っていうのは『ロック・マガジン』が出ていた頃、70年代後半から80年代のことだ。過去の郷愁に浸ったわけではない。ロックやジャズは過去の遺産を引き継ぎながら、時代の精神を吸収して、わたしたちに様々なサウンドを与え続ける。その、うねるような流れを楽しんだ。

阿木さんのDJは50年代のウエスト・コースト・ジャズと現代のヨーロッパジャズを融合させる試みだった。この感想をまとめるつもりのぼくだが、これは一筋縄ではいかない。Koop のサイトを検索したら、ここでも女装の二人の素敵な写真がトップにあった。デカダンスを発散し続けるモニターを凝視していたら、無性にルキノ・ヴィスコンティ監督の映画『ルートヴィヒ』を見たくなって、さっきまで見ていたんだ。

バイエルン王ルートヴィヒ2世(1864 – 1886年)の即位式の日から自殺までの生涯を克明に描いた4時間の大作だ。ルートヴィヒは即位するやリヒャルト・ワーグナーを招き、『トリスタンとイゾルデ』公開に尽力する。しかし多額の資金援助が政府の反感を買う。その後も、シェイクスピア劇の男優と旅をしたり、夜の闇と物語の中に生きた人物だ。

ルキノ・ヴィスコンティ監督はヨーロッパ社会の退廃を描き続けたイタリアの巨匠。1972年の作品で、始めは映画館で見て、以来モニターでは4、5回見ている。見る度に新たな発見のある。精神の奥深い部分を探求している映画だ。退廃を演技する主役のヘルムート・バーガーがたまらない。しかし、同じ監督による『地獄に堕ちた勇者ども』のバーガーの方が退廃度は濃い。ルードウィヒがプラトニックな愛を捧げたのは、年上のいとこで、オーストリア皇后のエリーザベトただ一人だ。この役は彼女以外に考えられない、とても美しいロミー・シュナイダー。ワグナーの愛人を妖艶なシルバーナ・マンガーノ。ハリウッドが逆立ちしても創ることのできないヨーロッパ映画の傑作だ。

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カテゴリー: Movie