2019/01/12 “iD” から “RING” へ


RING RING RING at Sun Hall に驚いた

“RING RING RING” に驚いた。パーティでこんな風に驚くのは久しぶり。ここでは REE.K を聞いたんだけど、もうすごかった。じつは2時に終わるパーティ “iD” で遊んでて終了後はおとなしく帰るつもりだったけど、久しぶりに偶然出会った友だちから付き合って欲しいと言われて、最初は渋ってたがそのうちに酒の酔も手伝って、San Hall の大きなパーティ、サイケディリック・テクノの “Ring Ring Ring” に出かけた。その規模の大きな呪術的なデコを見て一発で嬉しくなった。しかもここで Ree-K だと言うので、もう連れてきてくれた友だちに感謝感謝さ。

じつはぼくは “RING” を知らない。San Hall に入ってすぐ古い友だちに声を掛けられて、大阪港天保山のライブハウス BAYSIDE Jenny の伝説的なパーティだと教えられた。ぼくはクラブ通いを初めて10年ちょっとだが、その頃はすでにそこはなかった。ぼくよりずっと若いけどキャリアの長い旧友は BAYSIDE Jenny で踊りまくってた世代だ。そんな世代が “RING” のフロアを埋めて熱狂していた。

Ree-K ね、もう大感激さ。フロアとDJブースの間はデコで広いスペースが取られているのでDJは随分と遠い。おまけにライティングのせいで Ree-K はシルエットで表情を伺うことはできない。どれっどnの髪を振り乱す様子は見て取れて、もう完全に巫女的な呪術的世界!に感動しっぱなしだった。終わってからも興奮がおさまらなくて、体の無理を承知で Cauliflower でやってるアフターパーティまで行ってしまった。もう完全に遊び過ぎ(笑)

この夜まず出かけたのは ”ID”

まず出かけたのは Rock Star Hotel のパーティ”ID”。着いたら DJ Dmitri Absinthe が始まったとこで、続いて idiotYuuka、Naluu と聞いた。全体に落ち着いたテックハウス。それがホテル最上階の森山大道の大きな写真が何枚も飾ってるラウンジだからとてもスペシャルなグルーブに充ち満ちるわけさ。特に二人の女性DJ、Naluu と idiotYuuka のぼくの心に訴えかけてくるよに聞こえるエモーショナルなグルーブに反応して、最近になく気持ちよく踊り続けた。

この後さ “RING RING RING” で弾けたのは。

で、今夜も Ree.K

1月16日も、Dommune の “Ree.K SPECIAL feat” で Ree.K を楽しめた。Dommune につないだら “RING” にも回していた DJ Josko がやってて、23時から 0時半までが Ree.K だった。もう今年はサイケに走りそう(笑)

十日えびすの “えびすビレッジ”

10日の今宮戎神社の「十日えびす」に行った。写真は露店が延々と並ぶ沿道に出店した “えびすビレッジ” 店内。22時からの AOKI takamasa のDJで大勢のお客が熱狂している。ビレッジ入口を入ると、フードやドリンクを販売するカウンターが広く取られて、さらに進むとそのカウンターの端っこにDJブースが設けられている。写真の右側にはテーブルと椅子のとても広い飲食スペース。そこも「十日えびす」参りのお客がびっしり。DJブース前でステップを踏んでるのは、たいていどっかのクラブで踊ってる連中。AOKI の放つグルーブで徐々にヒートアップする様子を見ていて興奮した。

ここはクラブのフロアとは違う。やっぱりエビっすさんの強烈な気が充満する「十日えびす」の3日間のこの地域ならではのこと。その気に充てられた特別な熱狂を感じる。突如現れた感の “えびすビレッジ” は、他の旧来と変わらない露店とはあきらかに違う。天井にはたくさんの赤い提灯をぶら下げて、エビっすさんの雰囲気を取り込みつつのモダンな店内装飾。そしてそこでDJまでしてしまう主催者には感心するしかない。3日間に回すDJたちは20人を超えてる。そのごった返すフロアの中に一歩入り込むと、知り合いのDJたちやパーティーピープルたち、そして何軒かの行きつけのバーカンたちから握手ぜめだった。

いやいや、あっちこっちのパーティで出会うこのビレッジのオーガナイザーから昨年末にドリンクチケットをもらい、話を聞いた時は、一瞬、本気かいなと思いつつ、おもろいと感じた。ぼくはかつて事務所を持っていた頃、何年間も欠かさずに「十日えびす」参りをしていた。お賽銭をあげた帰り、縁起担ぎで露店で高価なサザエの壷焼きを食べて酒を飲んだものだった。最近は行っていないが、あそこでなんぞやらかすからには大阪的熱気に満ちたものになるだろうと予感して現場に足を運ぶのを楽しみしていた。その割にはあまり長時間いることができなかったのが残念やが、大阪シーンの胎動を肌に感じて満足。

途中、立っていられないほどの余りの疲れで空いてる椅子を見つけてへたり込んだが、エビっすさんパワーの毒気に当てられたかもと退散したんだ。考えたらネットのトラブルで前日はあまり寝てない。来年の “えびすビレッジ” には体調を整えて大阪パワーに臨みたいな。

3日間のタイムテーブル
ドリンクチケット、昨年末から大量に配ってたけど、使えるのは一人一日1枚まで。

宵えびす(1月9日)を歩く


宵えびすの午後を歩いた

今宮戎神社「十日えびす」の前日、「九日宵えびす」にちょっとだけ立ち寄った。難波に用事があったので足を伸ばしたわけ。毎年、難波から今宮戎神社までの沿道には延々と露店が並ぶ。その沿道に大阪クラブシーンでよく出会う男子から大きな出店「えびすビレッジ」を出して中ではDJをやってもらう、と聞いて驚くと同時におもろいなーと思った。

3日間続く祭りの初日に難波から歩いてちょっと下見で寄ったが、沿道には出店が並んでいるもののまだ人出は少ない。なんばパークスと今宮戎神社のちょうど中間ぐらいにその「えびすビレッジ」がすぐに見つかった。よく通うバーのバーカン女子がすぐにぼくを見つけてくれて、いろいろ案内してくれる。すでにDJもプレイしているが、時間の早いせいもあって人が閑散としていてまだ盛り上がっていない。

しかし、店内は真っ赤な提灯がたくさんぶら下がってエビっすさんの雰囲気を取り入れつつ、従来の大きな露店とは一線を画するモダンな作りで、これなら沿道を歩く若い人たちの目に止まるに違いないと思った。エビっすさんで「えびすビレッジ」はかなり刺激的と感じた。

ネットで発表されてたDJたち

DAY1 / 2019.1.9 14:00-24:00

  • AKIHIRO
  • ALUCA
  • HARIO!?
  • ONO
  • STEW
  • TETSUO
  • カレーライス

DAY2 / 2019.1.10 14:00-24:00

  • AGEISHI
  • AOKI takamasa
  • DEJIRUMASARA
  • DJ SPOT
  • MAYUMIKILLER
  • MITSUYASU
  • TAKE
  • YOSKE

DAY3 / 2019.1.11 14:00-24:00

  • DJ CALPIS
  • DMITRI ABSINTHE
  • SHINGO
  • SOICHI
  • TSUTOM HIRANO
  • YUKKE
  • トシヤ青木

阿木譲氏の死を知った夜

今日、阿木譲氏が亡くなっとツイートが駆け巡っている。急いで検索したら、写真のツイートが見つかった。どうやらこれが彼の絶筆かもしれない。いかにも阿木さんらしい気取った文章で、ぼくが彼と会った1970年代後半から何一つ変っていないと思い、ホッとした。当時、彼が発行する雑誌”ロックマガジン”や松岡正剛氏の季刊誌”遊”に連載する阿木さんの文章に心底熱狂していた頃を思い出させるに十分なセンテンスだ。あれから40年か・・・、「待っていてもなにもやってこないよ、・・・」、と語りかける彼の言葉で、ぼくは今夜フラフラとアメリカ村を飲み歩いた。5件のバーを飲み歩いて帰ってきても癒されず、こうして書いている。
アメリカ村の生みの親と言われる日限萬里子氏を紹介してくれたのも阿木さんだった。彼に日限さんのクラブ”パームス”に連れていかれた。そこで出会ったショートヘアで男装の麗人日限さんももういない。そのアメリカ村でぼくは今夜も遊んでいる。萬里子さん、アメリカ村も随分と変わったよ、と語りかけたい。ぼくにとってパンクロックは阿木さんなしで考えられないが、アメリカ村そのものも阿木さんなしで考えられない。だから今夜、ぼくはアメ村を飲み歩いた。それが供養のように飲み歩いた。

この5月には一人の親しいフロアフレンドの死にも遭遇した。彼女の死はぼくにとって、アメリカ村の街角で出会った”死”だった。さらに阿木さんの死は、アメリカ村の街角を曲がると、やっぱり”死”に出会う、という感じだ。

2016/10/07 “CHAAAS!!” at Club Stomp

chaaas!!-01“CHAAAS!!” 2016.10.7.FRI at Club Stomp で遊んだ。仕事のこと考えたら遊んでる暇なんてないので早めに帰るつもりが、おもしろくて、やっぱりいい時間までいてしまった。stompってほとんど行くタイミングがなくて、珍しく1ヶ月ほど前に行ったとき、帰りしなにスタッフからこのパーティを勧められた。
DJs / MASANORI IKEDA、AKIHIRO、TETSUO、AATY。その時、このメンツを見て行きたいと思った。決して大きなパーティじゃないけど、そこに行けば何かがあるかもと感じさせるものが匂っていた。この週末は行きたいパーティがたくさんだけど、とにかく”CHAAAS!!”に決めた。
“CHAAAS!!”は思っている以上によかった。ムチャ盛り上がるとか、そういった派手さはないが、DJとフロアに一貫して、パーティ”CHAAAS!!”のグルーブが流れ続けて、それはとても心地よかった。真夜中を過ぎて入れ替わり立ち代わり集まって来るパーティピープルたちも遊び慣れた大阪のコアな連中ばかりで、それらクラバーとクラブと音楽が醸し出す空気感はなかなか味わうことのできないものだった。
こうしたとてもいい雰囲気の中で、ぼく自身が気持ち良く遊べてうれしかったわけだけど、これには10年近い遊び歴が必要だったかも、と思った。ぼくはやっぱり、こういう場所では年齢が浮いてるので、フロアでは浮きたくない。どういうことかと言うと、ぼくの歳で心地よく遊ぶには、フロアではあまり目立ってもよくないし、逆に存在感が希薄なのもよくない。この塩梅ってなかなか難しい。10年近い遊び歴があってできるのかもと思った。

2016/05/14 CHIMPO & JONNY DUB at circus

13177052_10209274908210858_1370016451511762137_n

2016/05/14 真夜中、”CHIMPO & JONNY DUB at circus” で遊んだ。夜のクラブ遊びは10年近くになるけど、この夜のパーティはちょっとしたカルチャーショックだった。

CHIMPOを紹介するサイトで、彼の音源はドラムンベース、グライム、ダブステップ、トラップ、ガラージ、ダンスホールにヒップホップとあった。これらの音楽にぼくは正直ほとんど無知だが、マシンガンのように繰り出されるその音源がぼくの魂を撃ち抜いていた。

5月になってからのまだ短いあいだに、DJ FUNK (Chicago)、DANNY KRIVIT (NYC)、Joris Voorn (Netherlands) そして今回の CHIMPO と JONNY DUB (Manchester)と無節操に聞きまくった(笑)。もう一人名村で聞いたMaya Jane Coles (London)も忘れられない。それぞれすべてのフロアが沸騰していたが、それぞれのオーディエンスが全く違った。で、同じCircusなのにフロアーは全く違って別のハコのようだった。

シカゴ・ゲットーハウスのDJ FUNKはつていけずに早々に逃げ出した。そのDJ FUNKとマンチェスター組は似てるといえば似てるのに逃げずにいたのは、DJ FUNKで免疫ができていたのかもしれない。だから、ぼくがマンチェスター組にカルチャーショックを受けたと言うのは、単に音楽性だけじゃない。フロアのダンサーたちを含めての違いだった。

まず、フロアは外国人オーディエンスがほとんどだった。90%ぐらいだったかもしれない。こんなのは初めてだった。そしてかれらの激しい踊りにぼくはビビった。ブロンクスのブレークダンスにせよシカゴのジュークの踊りにせよ、そこには規則性が読み取れる。しかし、CHIMPO と JONNY DUBで踊るダンサーたちは全く勝手気ままに激しく踊っている。個性的なんて上品な言葉は似合わない。そう、とてもアナーキーなんだ。無政府主義的だ。ぼくがショックを受けたのはここんところなんだ。彼ら、彼女たちのダンスを見ていると、音楽を聞くということの再発見があったわけさ。

もう一つぼくが涙が出そうなほど感動したのは、およそ、25年前に出会ったサイバーパンクの近未来小説『ニューロマンサー』(ウィリアム・グブスン)のバーのシーンが目の前で彷彿とさせてくれたことなんだ。それを読んだときはぼく自身ディスコを体験していたが、クラブは知らなかった。だから小説のシーンの情景をリアルに想像することはできなかった。それが、この夜のフロアで目の前で展開しているのがまさに小説のシーンだと妄想できて涙が出そうだった(笑)。リアルが近未来SF小説に近づいている・・・、いや、すでに今は近未来なのだろう。

マンチェスターのCHIMPO と JONNY DUBのことをぼくがカミさんにギャーギャーとわめくから、翻訳ミステリーファンの彼女はぼくにこれを読め!と3冊の文庫本を差し出した。ニコラス・ブリンコのマンチェスターを舞台にした暗黒小説で、登場人物の紹介を見ると、マンチェスターの不良少年が主人公らしくて、クラブ経営者やDJ、VJが主要人物らしい。これは絶対にヤバい小説に違いない。これを読めば、CHIMPOがマンチェスターのクラブでファンに煽っている様子がより分かるかもしれない。大阪のCHIMPOはMCで、何を言ってるのか全くわからないが「オオサカ」、「マンチェスター」そして「ヤバい」を連呼していた。

2016/05/14 ”NOSTRESS”

13233094_10209273927426339_3611024346248926310_n

2016/05/14、パーティ”NOSTRESS”(http://designde.jp/2016/04/nostress-2/)で遊んだ。中之島の堂島川沿いの会場で行う午後から日暮れどきまでのパーティ。天気が良くて、堂島川を足元に見る2階の会場のガラスの壁面から溢れるような陽がそそいでいる。太陽が駆け足で西のビル街に隠れて夜になる風景を眺めながら踊った。写真の正面2階建の2階が会場。

会場はアパートからあみだ池筋を自転車で北上して短時間で行くことができる肥後橋の大阪屈指のビジネス街の近くだが、ぼくには全く縁のない界隈。夜のパーティでよく出会う青年から「こんなリッチなパーティにも来るんですね(笑)」と言われてしまった。そう、ぼくは真夜中の地下にあるフロアーになじんでいるけど、こんな明るくいリッチなパーティだって嫌いじゃない。まるで、ニューヨークが舞台のウディ・アレンの映画のシーンを彷彿とさせるようだった。昔、アレンの映画を見ながら、別世界のシーンと思っていたことが実現している。長生きはするものだ。

会場はおしゃれな人が大勢でファッションを眺めているだけでも楽しかった。ほとんどが見知らぬ人たちだけど、少なからずの夜の常連たちと踊った。何年も会ってなかったパーティピープルと話をしたりと、絶対に記憶に残しておきたいパーティだったよ。

2016/05/01 circus presents ONE NATION at 名村

13131336_10209169763822314_686342009056242503_o

2016/05/01の “circus presents ONE NATION at 名村” に行った。その後のアフターパーティ “Somethinn at circus” にも行った。

ONE NATION では外国人ゲストの Karizma、DJ Funk、Maya Jane Coles を聞いた。3人とも全く知らないアーティスト、予備知識もないまま、とても刺激的。プレイ中、ぼくはほとんど踊っていたけど、疲れをひきづって動きが鈍い (;_;)

週末の金曜、土曜は行きたいパーティがあったのに、仕事が朝まで片付かなくて悶々としていた。やっかいな仕事が終わったので、1日は開放感もあって、数年ぶりに名村造船所跡の大箱 Studio Partita に行ったわけ。広いフロア、高い天井、そして大勢の女子パーティピープルたち。大箱はいいな〜 (^^;

この数ヶ月、ぼくはあえて海外や東京からやってくる有名ゲストが入るパーティを避けて、小箱のフレンドリーなパーティばかりを選んで行っていた。そういうとこは男子率が異様に高くて、それはそれでいい雰囲気の時もあるけど、女子たちは何処に行ってるのだろうと気になっていた。Studio Partita では大勢の女子が踊っているのを見て楽しかった。

3人のゲストたちはみんな音が濃い上に刺激的な変化がおもしろくて踊らずにいられない。DJ FUNK はアフターパーティのメインゲストでもあるので再び聞けるのを楽しみにして Somethinn にかけつけた。しかし、 DJ FUNK の15分くらいでフロアから逃げ出した。この日で15回目の Somethinn だけど、初期の頃は何度か通っていたので主宰する D.J.Fulltono がどんなシカゴの音を紹介するか知らないわけじゃない。

けど、DJ FUNK は想定を超えていた。ブース前では大勢の若いクラウドたちが熱狂している。歳のことは考えないぼくだけど、もうここには入っていけなと感じた。ノイズだろうと、ハードコアバンドだろうと、どんなに刺激的な音でも、ぼくは未知の音には貪欲に付き合ってきた。しかし、このシカゴのゲットーハウスには、追ていけなかった。

写真のフライヤーの横にあるのは『ランボーの手紙』、普段遠出をしないぼくにとって名村までの地下鉄はめったにない長距離移動(笑)。文庫本をジーパンの尻ポケットに突っ込んで出かけたさ。17才のランボーの手紙、これはこれで刺激的!

三ッ寺筋沿いの三軒のバーが会場のパーティ “大安COSMO”

12805676_870972056357631_2765496743272159420_n

12976840_10208988545891979_173389775432058918_o

昨夜はディープな三ッ寺筋沿いの三軒のバーが会場のパーティ “大安COSMO”(https://www.facebook.com/events/201756646849777/)で遊んだ。どちらかというとストイックに踊り続けるクラブパーティに行くことが多いけど、 “大安COSMO” のようなお祭り的なのも大好きだ。こうした大きなパーティには大勢が集まり、それだけたくさんの笑顔に出会える。そこがいいんだよな。知らない人とも目が会えば自然と笑顔になれる場所がディープな三ッ寺筋沿いに出現していた。

ぼくはクラブパーティで遊ぶようになって8年くらいだけど、通い続けるのは笑顔に出会えるというのが大きな理由かもしれない。60年代、70年代はフリージャズやパンクロックの現場で遊んでた。そこは親の仇を探しに来たかのような、目が三角になった客ばかりだった。ぼくもその一人だったが、今から思うと音楽を聞くのに、なぜあんなに殺気立っていたんだろう。疑問だ。だから、始めてクラブパーティの現場に足を踏み入れたとき、そのフレンドリーな雰囲気にひどく戸惑ったものだ。でも、知らない人にも向けられる笑顔に出会ってすぐに慣れたさ。

昨夜は三つのバーを行き来しながら三ッ寺筋を何度も行ったり来たりした。そこは特別な “路上” だったよな。